拙稿がイギリスの歴史学研究誌に掲載されました (2023年6月)

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拙稿がイギリスの学術雑誌 Northern Scotland の最新号に掲載されました。論文のタイトルは The Structure and Exercise of Power in Moray under Thomas Randolph, First Earl of Moray, 1312–32 です。 https://www.euppublishing.com/doi/10.3366/nor.2023.0280

本論文は、1312年にスコットランド北部に創設された「マリ伯領」における権力の構造、伯権力の行使と表象について、初代伯であるトマス・ランドルフ (1世) の支配時期に焦点を当てて考察したものです。

スコットランドは13世紀末からイングランドと戦争状態に陥り、政治的にも社会的にも大きく変化することになります。その中でロバート・ブルースが1306年に王位を宣言し、対イングランド戦争を指導して王権を確立することに成功します。

トマス・ランドルフはそのロバート・ブルースの甥にして、最も重要な忠臣のひとりでした。彼は対イングランド戦争における軍事・外交の指導者であったほか、内政においても国王代理、地方統監といった重職を歴任し、1312年には王国北部の広大な地をマリ伯領として与えられます。マリ伯領は「レガリティ特権」と呼ばれる、領内で国王に匹敵する権力を認められた特権領でした。

このような14世紀スコットランド史上重要な人物、特権領であるにもかかわらず、トマス・ランドルフやマリ伯領に関する研究はこれまで手薄と言わざるを得ない状況でした。 そこで、本論文ではランドルフが実際に伯領で権力を行使し、領地を統治したのかを分析しました。結果、王国北部における彼の権力が強大なものであったというこれまで研究者が暗黙の裡に持っていた想定は概ね認められるものの、彼が伯領を統治するにあたっては、旧敵の家門も含めて既存の在地の検量構造や領主層の権力ネットワークに大きく依拠する必要があったことを明らかにしました。彼の伯権力のある種の「弱さ」ないしは激動する時代における「連続性」の側面も評価した形です。

また、本論文では伯領が既存の王国の統治機構 (シェリフ管区) を内包する形で創設されたこと、さらには伯自身が「大印璽 (great seal)」を用いていたというユニークな事例にも触れています。論文の中ではあまり深堀りできませんでしたが、これらの事例は中世スコットランドにおける「公権力」のあり方を考察する上で興味深い事例であるようにも思います。この点についても、別途研究を行いたいと思います。