ゲーム開発においてヒューリスティク評価とユーザーテストを組み合わせる

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プロダクトを改善する手法の1つとしてヒューリスティック評価というものがあります。これは、経験則 (ヒューリスティック) に基づいてユーザビリティを評価し、UI上の問題点を発見するといったもので、1990年に Jacob Nielsen らによって提唱され、生産性ソフトウェアの領域において発展してきました*1

日本でも例えばWebサイトのUI改善であったり、UXデザインの領域で用いられることがあると思いますが*2、ことゲーム開発においてはいわゆるWebサイトやユーティリティ系のアプリほどはこの手法が用いられているケースはあまり耳にしません(私の周囲に限った話では...になりますが)。

ただ、海外のゲーム業界でのリサーチ (Games User Research) においては、このヒューリスティック評価はゲームのUI / UX評価の一環として行われてきましたし、ゲームという領域に合わせた手法の研究や洗練が行われてきた経緯があります。欧米と日本ではゲーム開発の文化やプロセスが異なるため、単純な輸入が難しいケースもあるかもしれませんが、本稿ではゲームにおけるヒューリスティック評価について述べた上で、それをユーザーテストと絡めてプロダクトの改善に活かせないかを考えてみたいと思います。

ヒューリスティック評価とユーザーテストの関係

プロダクトの改善においてユーザーによる評価が何よりも重要なのは言うまでもありませんが、ユーザーは決してプロダクト開発のプロフェッショナルではないため、ユーザビリティ上の問題が発生した原因や解決策について直接的な答えを教えてくれるわけではありません。

また、ことゲーム開発という文脈で述べるならば、ユーザーは「面白いと感じているか否か」であったり「漠然と何が面白いか」については答えることができるものの、その面白さを生み出している、ないしは阻害しているゲームメカニクス上の要因やユーザビリティ上の問題をクリアにしてくれるわけではありません。プロダクトを作るうえでユーザーの声は最重要ではあるものの、ユーザーはあくまでユーザーであり、彼らがプロダクトの「診断」を行えるわけではないのです。

 
そのため、プロダクトの改善においてはユーザーの声を直接聞く「ユーザーテスト」と合わせて、ユーザビリティの専門家による診断である「ヒューリスティック評価」を行い、両者を補完的に用いながらユーザビリティの改善を行っていくことが効果的と言えます。 ヒューリスティック評価はユーザビリティの原則に照らし合わせてプロダクトを評価するというプロセスの性質上、どちらかと言えば弱点を指摘する=「当たり前品質」が担保できていない部分を改善していくといったことをクイックかつ開発の初期段階から行っていきやすいメリットはあります。ですが、必ずしもヒューリスティック評価で指摘されたすべての問題が等しくユーザーにとって問題となるわけではないため、実際にユーザーにテストをしてもらった上で問題の影響度を精査し、優先度をつけていくのが良いと言えます。これは他のプロダクトであっても、ゲームであっても同様のことが言えるかと思います。
 

ゲーム開発におけるヒューリスティック評価の発展

上述の通り、ヒューリスティック評価は生産性ソフトウェアのユーザビリティの検証とUI上の問題抽出のための手法として生まれ、発展してきました。生産性ソフトウェアとゲームでは根本のデザインや思想が異なるがゆえに、そこで提唱されている原則や哲学は必ずしもゲームというプロダクトに適したものになっているわけではありません。

そのため、ゲーム開発においてはその特性から、プロダクトのクオリティを評価する際には「ユーザビリティ」という言葉ではなく「プレイアビリティ」という単語が用いられ、ヒューリスティック評価もゲームのプレイアビリティを評価するものとして独自の議論や進化を遂げてきました*3

その中で Korhonen は自身の博士論文において、プレイアビリティを「ゲームのユーザビリティ」と「ゲームプレイ」の両側面によって形作られるとし、いずれもゲームの性質として設計され、プログラム化されると述べており、ゲームのヒューリスティック評価の項目を定義しています*4。また、同氏はモバイルやボードゲームなど、文脈によってヒューリスティック評価の項目は柔軟に変更するべきであると述べており、自身も上記のほかに「マルチプレイヤーゲームの経験則」や「モバイルゲームの経験則」「F2Pゲームの経験則」といったものを提唱しています。
 
またそれとは別に、PLAY / GAP ヒューリスティックという評価項目も存在し、その最新版は User Behavioristics という機構から手に入れることができます*5。このように、既にゲームの領域においても欧米を中心に複数のアプローチでヒューリスティック評価の手法開発や深化が進行しているのが現状です。もちろん、日本と欧米では文化やゲーム開発の歴史が異なるため、そのまま直輸入しただけで成功するとは必ずしも言えませんが、国や地域ごとの文化や開発スタイルの差を吸収するようカスタマイズしつつ、プロダクトの改善や評価に活用していくことはできそうに思えます。Korhonen 氏も述べるように「良いプレイアビリティは必ずしも良いプレイヤー体験や商業的成功を確約するものではないが、悪いプレイアビリティは目も当てられないような結果に大いに繋がりうる」のであり、プロダクトの「当たり前品質」を担保するという意味においても、ヒューリスティック評価を開発の現場に適用していくことは有用であると言えるでしょう。
 

ゲーム開発でのヒューリスティック評価の実行

ゲーム開発におけるヒューリスティック評価の実行プロセスや観点については Games User Research の14章 / 15章によくまとまっています。通常、ゲームのヒューリスティック評価は評価手法に精通した3~5名の専門家によって行われ、彼らは評価を行うタイトルと同ジャンルの他タイトルに詳しい人々である必要があります。その後、評価対象とするタイトルの特性や評価すべき内容に合わせてどの経験則を適用するかを決め、ゲームプレイを通じて評価を行っていきます。それが終わると一度他の評価者と各々の評価内容を議論してチームとしての評価の方向性をまとめ、レポートを作成して報告。報告後はプロセスや観点の改善のために振り返りを行うといった形を取ります。
 
このプロセスにおいて肝要なのは評価者と経験則の選定の部分です。上記の通り、3~5名の当該ジャンルと評価手法の双方に精通した専門家で評価チームを組むのが理想ではありますが、それが困難な場合、当該ジャンルの専門家と評価手法の専門家の混合チーム、それが厳しい場合はより多数の非専門家集団によって評価を行います。経験則の選定は PLAY / GAP 評価を使うのであれば双方とも、Korhonen 氏の「ゲームのユーザビリティ」「ゲームプレイ」評価を用いるのであればその双方を適用した上で、ジャンルやビジネスモデルに応じてアドオンの評価項目を設定するといった形がスタンダードになります。メンバー選定や経験則選定が完了してから実際に評価を行うの期間は1~2日程度であり、このスピード感とコストで評価を実行できる点がヒューリスティック評価の利点の1つでもあります。

また、実際の評価項目に関して、ここでは Korhonen 氏が提唱する「ゲームのユーザビリティ」「ゲームプレイ」評価を見ていくことにしましょう。
 
まずは「ゲームのユーザビリティ」に関する経験則は以下の通りです。

  • 音響表現はゲームをサポートしているか
  • ゲーム世界の視界はスムーズなインタラクションをサポートしており、カメラは正しく動いているか
  • スクリーンのレイアウトは効率的でかつビジュアル的に快適か
  • デバイスのUIとゲームのUIはそれぞれの目的のために使われているか
  • インディケーターが見えるか
  • プレイヤーはゲームのターミノロジー (専門用語) を理解できるか
  • ナビゲーションは一貫して、ロジカルで、必要最小限か
  • ゲームの操作は一貫していて、スタンダードな慣習に従っているか
  • ゲームの操作は便利かつ柔軟に変えられるか
  • ゲームはプレイヤーの行動にフィードバックを与えているか
  • プレイヤーにとって取り返しのつかないエラーが起きないか
  • プレイヤーが不必要なまでに物事を記憶する必要がないか
  • ゲームにヘルプは含まれているか

 
次に「ゲームプレイ」の経験則を挙げます。

  • そのゲームは明確な目標を提示している、ないしはプレイヤーが作り出した目標をサポートしているか
  • プレイヤーはゲーム内で進捗を確認でき、結果を参照できるか
  • プレイヤーに報酬が与えられ、その報酬は意味のあるものになっているか
  • プレイヤーは制御されているか
  • チャレンジ、戦略、ペースはバランスが取れているか
  • 最初の体験はプレイの意欲を促されるか
  • そのゲームのストーリーはどのような形であれ、ゲームプレイをサポートしかつ意味のあるものか
  • 繰り返しで退屈なタスクがないか
  • プレイヤーは自己表現ができるか
  • そのゲームは異なる複数のプレイスタイルをサポートしているか
  • そのゲームの進行が停滞しないか
  • そのゲームは一貫性があるか
  • そのゲームは Orthogonal Unit Differentiation を用いているか*6
  • プレイヤーが何かしら手に入れるのが難しい資産を失うということがないか

 
もともとの Nielsen らが提唱した生産性ソフトウェアにおける経験則と比較して、いずれもかなりゲームの文脈にカスタマイズしたものであることが分かるかと思います。ヒューリスティック評価の手法に精通しており、かつ評価対象となるゲームと同ジャンルのゲームに詳しいという人材となるとかなり希少になるのは間違いないと思いますが、リサーチャーとして上記の評価を高いクオリティでこなせる能力は貴重ですし、組織にそういう人材がいて上記のプロセスをちゃんと回せてプロダクトに貢献出来いれば強いだろうなと個人的には思っていますし、日本のゲーム開発においてもそれを担える人材が増えていってほしいと願ってやみません。

*1:https://en.wikipedia.org/wiki/Heuristic_evaluation

*2:例えば https://u-site.jp/usability/heuristic-evaluation/

*3:ただし、ユーザビリティという単語と比べてプレイアビリティという単語は定義があいまいであるという指摘はなされています。

*4:ゲームユーザビリティは「音響の明快さ」「UIのレイアウト」「ナビゲーションロジック」「操作とフィードバック」「ヘルプ」などの観点に、ゲームプレイは「目標構造」「チャレンジ」「報酬」「ストーリー構成」などに焦点を当てています。

*5:http://www.userbehavioristics.com/game-heuristics-institute

*6:例えばチェスの駒のように、個々の「ユニット」ごとに性能の差がはっきり異なっていることで、比較的少ないユニットの組み合わせから深く複雑なゲームプレイを生み出せるような構造のことを指します。ちなみに、例えば武器やキャラクターのパラメータが違うといったレベルでどちらかというと両者が上位互換 / 下位互換の関係にある場合は Orthogonal Unit Differentiation とは言いません。ドラゴンクエストにおいて「戦士」と「魔法使い」は Orthogonal Unit Differentiation と言えるかもしれませんが、ファイアーエムブレムにおいて「ソシアルナイト」と「パラディン」は下位互換 / 上位互換なので Orthogonal Unit Differentiation とは言えない、といった感じでしょうか。