飢饉、黒死病、牛疫:14世紀ヨーロッパを襲った大災害

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黒死病の時代を反映した死の舞踏
14世紀にヨーロッパを襲った黒死病は当時の経済・社会・文化に大きな爪痕を残した。「死の舞踏」として描かれる死生観もその影響の1つであった。
人類と感染症の闘いの歴史の中で、14世紀中ごろに世界を席巻したペストは多くの人も教科書で学んだ記憶があるかもしれない。もしくは、黒死病と呼んだ方がしっくりくるだろうか。研究では、黒死病は当時のヨーロッパ全体で30%程度の人々が死亡したと考えられているほどに猛威をふるった疫病だ。

14世紀はヨーロッパ史において「危機の時代」と呼ばれる。特に上で述べた黒死病と、その30年ほど前の1320年前後に猛威を振るった「大飢饉 (Great Famine)」が言及される。大飢饉も推定では当時のヨーロッパの人口の10−15%を死亡させたと考えられている。後者に関しては13世紀後半頃から始まる「小氷期 (Little Ace Age)」が11-13世紀のヨーロッパの「拡大」に終止符を打った象徴的な事件として捉えられている。

この2つの災害は古くからヨーロッパ史の研究テーマとして扱われてきた。特に史料が豊富に残るイングランドでは研究が進んでおり、ある程度であれば定量的な分析を通じてその被害規模を克明に描き出すことができる。

しかし近年、これらの大災害に加えてもう1つの事件が当時のヨーロッパを襲ったことが明らかになってきた。

大牛疫 (Great Bovine Pestilence)

中世ヨーロッパの環境史を専門とするティモシー・ニューフィールド博士は2009年に14世紀初頭における家畜の疫病のパンデミックの存在を明らかにした。疫病の痕跡はモンゴルからアイスランドに至るまでの広い範囲で確認され、1315年頃には中央ヨーロッパにまで到達し、1325年頃にアイスランドに到達したと見られている。当時まだ汎ヨーロッパ的な家畜の交易は行われていなかったものの、疫病にさらされた地域間での家畜交易のネットワークを通じて疫病が伝播したと氏は主張している。

同じく中世史家のフィリップ・スラヴァン博士は2012年に記録が多く残るイングランドとウェールズを対象に実態の解明に努め、教会や修道院の会計記録からより定量的にその影響の分析を行った。その結果、氏はイングランド全土でおおよそ62%の畜牛が1319-1320年のパンデミックで死滅したと説いている。畜牛の死滅率には地域的な偏差があり、特に被害の大きかった地域では死滅率が100%に到達していたと考えられる。

当時のヨーロッパ社会において、牛は非常に重要な役割を持っていた。当時牛は畑を耕すための労働力として重宝されたほか、その堆肥は作物を育てる上で欠かせないものであった。また、当時の農民が牛肉を食すことは稀であったと考えられるものの、乳牛から生産されるヨーグルトやチーズは当時のヨーロッパ農民の貴重なタンパク源であったと考えられている。氏の研究によれば、畜牛の頭数は1320年代の後半にはパンデミック発生前の80%水準には回復しており、耕作の労働力に関しても一時的に他の家畜で代替するなどして疫病発生の5年後には85%程度にまで回復していたとされている。

一方、乳製品の生産量に関しては牛疫発生直後には50%程度にまで減少がみられたのち、その水準が疫病発生前の80%水準に回復するのは1330年代の中頃までかかったと氏は主張している。当然、当時はまだタンパク質という概念がなかったため、これら失われたタンパク源を他の食糧で代替するといった動きが取られたとは考えづらく、この大牛疫がより長期的な「タンパク質飢饉」を生んでいたのではないかと氏は仮説立てている。

さらにスラヴァン博士は大胆な仮説を提示している。すなわち、この「タンパク質飢饉」が当時のヨーロッパ人の免疫システムを弱め、その30年後に訪れる黒死病の大流行に影を落としているのではないかという仮説である。残された記録から当時の人々の栄養状態を測り知るのには困難が伴うものの、もしこの仮説がある程度意を得ているとするならば、たとえ当時が現代よりも疫病や死が身近な存在であったとしても、14世紀前半のヨーロッパ人を襲った「大飢饉」「大牛疫」「黒死病」の連鎖は想像を絶するものだったと言えるのではないだろうか。

参考文献

  • Newfield, T., 'A cattle panzootic in early fourteenth-century Europe', Agricaltural History Review, 57 (2009), 155-90.
  • Slavin, P., 'The Great Bovine Pestilence and its economic and environmental conseuences in England and Wales, 1318-50', Economic HIstory Review, 65 (2012), 1239-66.